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大阪地方裁判所 平成4年(ワ)7214号 判決

主文

一  第一事件被告(第二事件原告)は第一事件原告(第二事件被告)に対し別紙物件目録記載(三)の建物を明け渡し、平成四年三月三日から右明渡済みに至るまで一か月金六万二一〇〇円の割合による金員を支払え。

二  第一事件原告(第二事件被告)のその余の請求及び第一事件被告(第二事件原告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、第二事件をつうじて第一事件被告(第二事件原告)の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  第一事件

1  請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し別紙物件目録記載(三)の建物を明け渡し平成四年三月三日から右明渡済みに至るまで一か月金四一万四〇〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

二  第二事件

1  請求の趣旨

(一) 被告らは原告に対し別紙物件目録記載の不動産につき昭和四六年一月二六日時効取得を原因とする共有者全員持分全部移転登記手続をせよ。

(二) 訴訟費用は被告らの負担とする。

2  請求の趣旨に対する答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  第一事件

1  請求原因

(一) 訴外亡岡山昌樹(以下、「亡昌樹」という。)は、別紙物件目録記載(三)の建物を所有していた。

(二) 亡昌樹は、昭和四五年五月一六日、死亡した。

(三) 第一事件原告(第二事件被告、以下、「原告」という。)は、亡昌樹を父とし、訴外靍田博子(以下、「靍田」という。)を母として出生した非嫡出子であり、第一事件被告(第二事件原告、以下、「被告」という。)は亡昌樹の戸籍上妻であった者である。

(四) 亡昌樹の相続関係は別紙1記載のとおりであり、原告は、本件建物につき六〇分の九の共有持分を有している。

(五) 亡昌樹は昭和三八年二月二七日に日本に帰化したものであるが、それに先立つ昭和三六年に韓国において訴外高録仙(以下、「高」という。)と婚姻していた。ところが、帰化後に戸籍が作成された際に、亡昌樹が高と婚姻している旨の記載がなされなかったため、亡昌樹は、昭和三八年五月二日、被告と婚姻し、その旨戸籍に記載された。そこで、原告は、被告に対し婚姻取消の訴を提起し、平成三年五月一〇日、大阪地方裁判所堺支部において、亡昌樹と被告との婚姻を取り消す旨の判決がされ、同判決は平成四年三月三日確定した。

(六) 被告は、本件建物を占有している。

(七) よって、原告は被告に対し前記共有持分に基づき本件建物の明渡及び婚姻取消判決確定日である平成四年三月三日から右明渡済みに至るまで一か月金四一万四〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因第(一)(二)項は認める。

(二) 請求原因第(三)項のうち、原告が亡昌樹と靍田との間に出生した非嫡出子であることは知らず、その余の事実は認める。

(三) 同第(四)項は知らない。

(四) 同第(五)(六)項は認める。

3  抗弁

(一) 取得時効

(1) 亡昌樹死亡後、当時相続人として判明していた原告、靍田、訴外姜明順(以下、「明順」という。)の間で、昭和四六年一月二六日、遺産分割協議がなされ、亡昌樹の遺産のうち別紙物件目録記載(一)ないし(三)の不動産(以下、「本件不動産」という。)を被告が相続する旨の合意が成立した。仮に然らずとしても、被告は、その際、原告らに対し、所有の意思あることを表示した。

(2) 原告は、同日以後、本件不動産を所有の意思をもって平穏かつ公然占有し、これを店舗・居宅等として他に賃貸し、賃料を集金するなどして使用収益し、補修したり固定資産税を支払うなどして維持管理していた。

(3) したがって、原告は、平成三年一月二六日の経過により、本件不動産を時効取得したから、本訴において右時効を援用する。

(二) 相続回復請求権の消滅時効

原告の本訴請求は、相続回復請求権の行使にあたるところ、同請求権は亡昌樹の死亡後二〇年を経た平成二年五月一五日の経過をもって、時効により消滅した。

4  抗弁に対する認否

(一) 抗弁(一)の事実はすべて否認する。

亡昌樹死亡後、原告は昌樹が経営していた工場を手伝い、被告がその金銭管理をしていたが、被告は、昭和四六年に、当時居住していた別紙物件目録記載六、七の不動産から出て行ってしまった。その後、被告は、被告が本件不動産を、明順が別紙物件目録記載(四)の不動産(以下、「新今里の物件」という。)を、原告らが同記載(六)(七)の不動産(以下、「東小橋の物件」という。)をそれぞれ取得することを申し入れたが、原告はこれを拒絶した。その後、原告は、被告代理人石川弁護士から同様の申し入れを受けて、右問題の処理を松岡弁護士に依頼したところ、同弁護士の調査により亡昌樹の前記重婚の事実が判明し、同弁護士はその旨を石川弁護士にも伝えた結果、被告は、以後右要求を止めたものである。

すなわち、被告は、本件不動産につき何らの権限を有しないことを知りながらこれを占有していたものであるから、取得時効が成立する余地はない。

(二) 抗弁(二)の主張は争う。

被告は、原告との間で相続権の帰属を争っていたものではないから、所謂表見相続人にはあたらず、本件においては相続回復請求権は問題とならない。

二  第二事件

1  請求原因

(一) 前記一3(一)記載のとおり

(二) 亡昌樹の相続関係は、別紙2記載のとおりである。

(三) よって、被告は、原告及び第二事件被告らに対し、本件不動産につき昭和四六年一月二六日時効取得を原因とする共有者全員持分全部移転登記手続を求める。

2  請求原因に対する認否

前記一4記載のとおり。

第三  証拠(省略)

理由

一  第一事件について

1  第一事件請求原因第(一)(二)(五)(六)項の事実は当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証によれば、原告は、亡昌樹を父、靍田博子を母として出生した非嫡出子であることが認められる。

3  成立に争いのない甲第二、三号証(枝番とも)によると、亡昌樹の相続関係は別紙1のとおりであることが認められる。高の相続につき韓国法が適用され(平成元年改正前の法例二五条)、相続人の範囲及び順位、相続分についても同法に準拠して決せられる結果、原告及び訴外岡山稔は、明順、訴外姜吉正、同妻吉子らと同順位かつ平等の相続分をもって高を相続することとなり、原告は、本件建物につき六〇分の九の持分を有することとなる。

4  抗弁について

(一)  原・被告各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

亡昌樹死亡後の昭和四六年一月二三日、明順方に同人とその夫武元友吉及び被告とその妹キヌ子、原告、靍田らが集まり、その席上、明順が、新今里の物件を取得したい旨の要求をしたが、何らの合意も成立しなかった。

その後、被告は、石川弁護士に対し、遺産分割の交渉を依頼し、同弁護士は、原告に対し、被告が本件不動産を取得したい意向を有している旨告げて交渉を求めたが、原告は、これを拒否し、松岡弁護士に交渉を依頼したところ、後日、同弁護士から、亡昌樹が重婚していた旨の報告を受けた。

以後、被告は、原告に対し、遺産分割等について何らの交渉も求めることはなく、被告は、本件不動産を占有管理し、賃料を収受し、固定資産税及び都市計画税を支払っていた。

右事実経過によれば、松岡弁護士は、石川弁護士との交渉の過程において、当然、亡昌樹の重婚の事実を告げたものと考えられ、被告は、石川弁護士からその旨の報告を受けていたことが優に推認できる。被告は、石川弁護士に直接依頼したのは妹のキヌ子であり、同女からは亡昌樹の重婚の事実はついに聞くことがなかった旨主張、供述するが、到底措信し難い。したがって、被告は、亡昌樹死亡後間もなく、自らが相続人の地位を有しないことを知るに至ったものと認められる。

(二)(1)  抗弁(一)について

前記認定事実によれば、昭和四六年一月に、亡昌樹の遺産につき、原・被告及び姜明順の間で遺産分割協議が成立した事実はなく、したがって、被告は、新権原に基づき、自ら所有する意思をもって本件不動産の占有を開始したものとはいえない。また、被告は、原告に対し、一旦は本件不動産を取得したい意向を示して交渉したものの、その後交渉を中止したまま現在に至っており、その前後で占有の客観的態様に変更があった事実も認められないから、所有の意思あることを表示したものともいえない。結局、被告が本件不動産を自主占有していたものとは認められないから本件不動産を時効取得し得る余地はなく、その余の点について判断するまでもなく抗弁(一)は理由がない。

(2)  抗弁(二)について

前記のとおり、被告は、自らの婚姻に取消事由があり、相続人たる地位を喪失すべき立場にあることを知りながら、本件不動産を占有管理することによりこれを侵害していたものと認められるところ、自ら相続人でないことを知りながら相続人であると称し、またはその者に相続権があると信ぜられるべき合理的な事由があるわけではないにもかかわらず自ら相続人であると称し、相続財産を占有管理することによりこれを侵害している者は本来相続回復請求権制度が対象とする者にはあたらないというべきであるから、原告の請求は共有持分権に基づき侵害財産の回復を求める通常の請求であって、これに相続回復請求権の消滅時効が適用される余地はないというべきである。よって抗弁(二)は理由がない。

6  したがって、原告は、共有持分権に基づき、被告に対し、本件建物の明渡を請求し得る。

7  弁論の全趣旨によれば、被告は、本件建物を訴外屋内園子外一四名に賃貸し、賃料として一か月合計金四一万四〇〇〇円を収受していることが認められるから被告の本件建物占有による賃料相当損害金は一か月金四一万四〇〇〇円とみてよい。しかるに、前記認定のとおり、原告は、本件建物につき、六〇分の九の持分を有するから、右持分に応じ、一か月金六万二一〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を請求でき、右限度で支払を請求し得るにとどまる。原告の賃料相当損害金請求のうち、右を超える部分は理由がない。

二  第二事件について

前記一4(一)(二)のとおり、原告の請求は理由がない。

三  以上の次第で、第一事件につき、原告の請求は、本件建物の明渡及び平成四年三月三日から右明渡済みに至るまで一か月金六万二一〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、第二事件につき、被告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但し書、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

物件目録

(一)大阪市生野区桃谷一丁目五七六五番一

宅  地    一四二・七四平方メートル

(二)大阪市生野区桃谷一丁目五七六五番一四

宅  地     七六・二六平方メートル

(三)大阪市生野区桃谷一丁目五七六五番地の一、五七六五番地の一四

家屋番号  五七六五番一の一

木造及鉄骨造瓦葺塔屋根付陸屋根三階建共同住宅兼店舗

床面積  一階  一六五・六八平方メートル

二階  一六五・六八平方メートル

三階  一六五・六八平方メートル

塔屋    二・六八平方メートル

(四)大阪市生野区新今里四丁目五四番六

宅  地     五三・〇〇平方メートル

(五)大阪市生野区新今里四丁目五四番地

家屋番号   三〇七番

木造瓦葺二階建居宅

床面積  一階   三三・八八平方メートル

二階   二二・三一平方メートル

(六)大阪市東成区東小橋二丁目四番三一

宅  地    一九八・七五平方メートル

(七)大阪市東成区東小橋二丁目四番地三一

家屋番号   四番三一

鉄骨造陸屋根四階建作業場兼居宅

床面積  一階  一七三・八八平方メートル

二階  一七三・八八平方メートル

三階  一七三・八八平方メートル

四階   三四・一八平方メートル

別紙1

〈省略〉

別紙2(その一)

〈省略〉

別紙2(その二)

〈省略〉

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